様々な歴史の背景 その10
天武天皇一四年(六八五)には、親王以上、浄位-朱花、諸臣、正位-深紫、直位-浅紫、勤位-深緑、務位-浅緑、追位-深葡萄、進位-浅葡萄となり、持統天皇四年(六八九)には朱華、黒紫、赤紫、緋、深緑、浅緑、深繧、浅繧となります。
日本で位階制度がはじめて制定された時以来、紫は臣下の色として、最初から最高位に置かれてきたのです。
有名な三世紀の邪馬台国の女王卑弥呼が、魏に朝貢した時、魏の明帝は、卑弥呼に「親魏倭王」の称号と、金印紫綬を与えたということが、かの「魏志倭人伝」に出てくるから、日本にとって、紫色は、非常に古代から重要な価値をもっていた色といえるのです。
現在も学問芸術の業績に対する名誉の賞として、紫綬褒賞があるが、卑弥呼の時代の紫綬は、権威と稀少性の点で、今とはくらぶべくもない高貴のシソボルだったにちがいありません。