様々な歴史の背景 その4
明暗清濁すべての色調を含めても、紫系の服装の出現率が四%に達したのは、一九七二年の春と秋に一回つつあるだけなのだ。
この現象は、着こなすのが難しい色だということもあるだろうが、洋服はもちろん西洋渡来の衣服なのだから、もともと西洋では特殊な場合にしか着られない色であった、という影響も大きかったにちがいありません。
前田千寸氏は著書「むらさきくさ」で、和服の色としての紫をこう紹介しています。
―第二次世界大戦前、日本で婦人の洋服が流行しなかった間は、若い女性の服色はほとんど紫系統に傾倒していた。
大デパートが毎年競って売り出す流行色が、紫系統の種々相でした。
大デパートの意匠部かあるいは製産家が脳漿を絞って案出した新様色が紫系統色から出られません。
そしてそれが必ずさばけていくという事実は、日本人がいかに紫色と深い因縁をもつかを物語るものでしょう。
この文章は、戦後の昭和二七年三月に発表されたものの一部だが、第二次世界大戦後、日本人の衣生活が洋服中心に変るとともに、紫色とは縁がなくなり、紫色に対する感情もすっかり変ってしまったのです。
服の色にかぎらず、現在ではほとんどの生活用品に、紫色の製品を見出すことはむずかしくなりました。